​ふぃっとむかしばなし(仮)

はじまりは、高校生4人の声から

 私がまだ大学生のとき、当時アルバイトしていた塾では「生徒のためを思って運営していない」と思えることが多々ありました。あまりに利益重視の体制をとる塾のオーナーとそりが合わなかったのですが、頼れる教室長がいたので、3年間はつづけていました。ところが、私が大学4年生になった6月、その教室長がやめることになったのです。その直後、教室長がやめることを聞きつけたのか、受験をひかえた高校3年生の生徒4人からメールが届きました。「今の塾は私たちには合わないです!田尾先生、一緒に塾を作ってくれませんか?」

わずか1ヶ月で塾をつくる必要に迫られる

 困惑しました。当然ながら私は経営の素人です。とても生徒たちに気軽に返事ができる状態ではありませんでしたが、彼らは半年後には受験をひかえており、勉強を止めている時間もありませんでした。どうしようかと悩んでいた時に、ゼミの友人と道で偶然すれ違ったんですね。彼に相談すると、意外にも「やりましょう!」と後押ししてくれました。今度は、生徒たちの保護者から電話がありました。「子どもが迷惑かけてすみません。ウチの子はもう受験生なので…。7月中に場所が見つからないようであれば、ほかの塾に行かせるよう促してくれませんか?」と。

生徒の強い想いが原動力に

 それから毎日、朝から晩まで教室として貸してもらえる場所を探し回りました。が、どこに行っても断られます。この時点で7月下旬にさしかかっていましたから、思わず「もう無理かもしれない」と生徒たちに言うと、「無理って言葉を使った瞬間に、すべて“無理”になる気がする。8月になったら自分たちは別の塾に行くから、最後の日までその言葉だけは使わないでほしい」と諭されました。こういった彼らの気持ちの強さが、この後の場所探しに全力を尽くすための原動力になりましたが、それでも毎日進展はなく、世の中の厳しさは夏の暑さとともに身体に響きました。

女社長との出会い

 その後、大学のゼミの先生に相談することにしました。すると、不動産会社の社長を紹介してくれたんです。その時点で、すでにタイムリミット10日前を過ぎていました。学生だった私は、全財産3万5千円しかなく、ポロシャツ ・ 綿パンという服装で、名刺も持たずに訪問しました。今考えると非常識だったなと苦笑いが出ますが、とにかくその日は、自分たちの想いを伝えるべく、必死にしゃべりました。その社長は、じっと耳を傾けてくださいました。他では話すら聞いてもらえない方がほとんどでしたから、話を聞いてくれるだけでうれしかったです。一通り聞いた後に一言。「まずは企画書を出してみなさい」と。

​想いを書きなぐった「企画書」

 その日は帰って徹夜です。何度も何度も書き直しました。そしてやっと完成したのがA4用紙1枚の企画書。塾の企画書なのに塾についてはほとんど説明せず、ただ箇条書きで、「人を大切にしたい」、「生徒を大事にしたい」、「スタッフを大事にしたい」、と想いを書き出しただけのもので、フォーマルな企画書とはとても言えないものでした。ところが、社長に見せると、「これがあなたの企画書なのね」と言って受け取ってくれたんです。

 期限を4日後にひかえた7月27日。社長から呼び出しがありました。無茶な要求をしていることはわかっていましたから「断られても仕方がない」と覚悟を決めて事務所に向かいました。ところがその日、返ってきたのは、「おもしろそうだから、やってみたら」という答え。驚きました。なんと社長は、自分たちに松山のド真ん中にある事務所を、敷金・礼金・仲介手数料・電気代・契約書…なんにも取らずに貸してくれたんです。今までの苦労が思い出されて、その時は、飛び上がらんばかりにうれしかったです。すぐに生徒たちに電話して「場所が決まったよ!」と大声で伝えました。

備品を探す旅へ

 場所は決まったものの、塾に必要なものはなにひとつありません。備品をそろえるための資金もないので、愛媛中の学校だけでなく、実家のある香川県内の学校にも、譲ってもらえないかと相談に回りました。ですが、どこも門前払い。母校でも断られ、難しいとは思いましたが、ダメもとで母校の隣にある私立高校に相談にいきました。

何とか粘って校長先生に話を聞いてもらいましたが、答えは「学校の備品を譲ることはできない」という一点張り。やっぱりダメか…、私は頭を下げて引き上げようとしました。ところがそのとき、校長先生が「備品をあげることはできないけど、捨てるものなら持って行ってかまわないから」と、そう言って大量の机と椅子をグラウンドに“捨てて”くれたのです。その優しさがありがたくて、何度もお礼を言いました。校長先生は、「がんばって」と一言だけ言葉をかけてくれて、校舎へ入って行きました。

​嵐のドライブを越えて

 急いで机と椅子をトラックに積みこみ、愛媛まで直行です。実はその夜は台風が直撃していて高速道路は通行止め。でも期限最終日の31日になっていましたから、香川の高松から愛媛の松山まで10時間、嵐の中ノンストップでドライブです。夜に何とか愛媛に到着し、空だった教室に机と椅子がならんだ時は、涙があふれるほど感動しました。

 こうして2004年8月、5名のスタッフと、高校生4名とその友人の総勢10名で 「総合学習塾fit」 がスタートしました!

総合学習塾 f i t

〒790-0004

愛媛県松山市大街道2-5-9

​久保豊ビル1F・4F・5F

お問い合わせ

fit@on.cocotte.jp

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